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一人一人の人間がそれぞれに持っている魂やエネルギーに 〈セラピスト〉がアプローチ。自分の歴史を知ることで 新しい自分に出逢える、癒しのヒーリングルームです。

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ご相談No.0143

テーマ:sodan


ご相談No.0143の答

瞑想にはいくつか種類があります。
大きく分けて2つありますのでご紹介します。

①イメージや概念を伴う瞑想(サマタ瞑想)
瞑想の内容:
心のリラックス、集中力を養うために。目的を達成するために。

瞑想の実践、そのおもな対象:
概念やイメージに意識を向けて瞑想

瞑想時の状態:
概念やイメージに意識を向けて瞑想をすれば、集中が高まりサマディ(全てが愛で満ちているような状態)が起きるでしょう。
対象に集中が極まると、対象との合一が起きます。この種の瞑想は対象と1つになりきってしまうのが特徴です。
その間は、一時的に「心も変容」します。しかし終わりが来れば、すべて以前の状態に戻ってしまうことも多い。一般的に行われている瞑想のほとんどがこの種類のものです。

②ヴィパッサナー瞑想
瞑想の内容:
インドにおける最も古い瞑想法の一つで、2500年前ブッダによって再発見されました。ブッダが私たちに確実に悟りを体験できるように教えられた瞑想の実践方法です。
「気づきの瞑想」や「洞察の冥想」ともいえるでしょう。

瞑想の実践、そのおもな対象:
実践法は、ただ今の自分に気づくようにします。ヴィパッサナーは“今という瞬間に完全に注意を集中する”実践です。
何をしていても、“今・ここの自分に気づいていく”こと。それが、ヴィパサナーです。自分を客観的に“よく観る”ようにします。
上達すれば瞬間瞬間に起こる、思い込みやしがらみを理解できるようになります。日常の生き方そのものに智慧の光を照らしてみることで、心地よいことでも不快なことでも、ありのままの体験を価値判断しないで、そのまま観るようになります。
葛藤をシャットアウトしたり、コントロールしようとして新たな問題を作るのではなく、ただ気づくだけ。それが観るということで、それによって苦悩を超えていきます。
最後に安らぎが訪れ、心と体を癒すことになります。波立っている水面が穏やかになってすべてを映し出すように、深い智慧と洞察力が生まれてきます。

①と②の違い:
①と②ではそれぞれ集中力と洞察力という違いがあります。
①にくらべて②のほうが難しいと言われています。
洞察による叡智、この世の真実の姿をありのままに見た時に起きる
<心の変容>こそ大切だと説いたブッダ、この2つは似ているようでまったく違う特徴があります。

さて、前置きが長くなりました。
ムーミンさんの行っている瞑想が何であれ、深く入るコツであれば毎日「決まった時間」に「同じ分量」座って瞑想をして下さい。
たとえば夜10時から30分と決めたら、それを守るようにします。
続けていると、体がそれを覚えてリラックスし瞑想の集中力が増して来ます。
もし瞑想中に雑念が生じても、それを無理に取り除かないようにします。
雑念を肯定的に認め、承認し、瞑想の対象に再度集中するようにします。
ぜひ、楽しんで瞑想を続けて下さい。

ご相談No.0143

こんにちは。。ムーミンと申します。質問です。
日頃瞑想をするように心がけていますが、深く深く入れているか、いまいち自分ではわかりません。なにか深く入れるコツやアドバイスがありましたら、教えてください。。

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ご相談No.0142

テーマ:sodan


ご相談No.0142の答

論理的な思考型(左脳的)が得意な人は、思考から感情をみつける手順を踏むと良いです。

★例えば友達があなたにウソをついたとします

①「前から信用ならないやつだと思っていた」あなたはそう考え、思考したとします。

②そう考えているとき、体のどの部分が反応するか、感じるかをチェックしてみます。<心臓がドキドキ>したとします。

③心臓に意識を向けながら「いま何を感じているか」感覚に意識を向けてみて下さい。あるいは「もし心臓に感情があるとしたら、そしてしゃべるとしたらなんていうだろうか?」と感じてみます。すると「悲しい」「悔しい」という(感じる)かもしれません。

感情は体と結びついていることが多く、体の部分に焦点を当てることで感情に気づくことが簡単にできます。でも何回試しても感情が見つからないこともありますから、折に触れて試してみて下さい。
左脳的知性による思考は、いままで蓄えてきた記憶から立ち上がってきます。過去の経験に基づく判断で行動することが多くなるので、あなたを生き生きとした新しい世界には導いてくれません。
またあなたがこれまで直感や感じることよりも、左脳的な思考傾向が強い生き方をしてきたなら、左脳的思考はその知性が無視されることを極端に恐れている場合もあります。極端な例ですが、自分の欲求もさえも感じられなくなっている人たちがいます。

こういう場合は日常で心に浮かぶ小さなひらめきやアイディアなども大切にして欲しいと思います。そのとき体のどこでそれを感じているのか?みつけてみる。そこにワクワク感や楽しい気分、感情などがあれば、なるべく長く感じるように意識を向けてみます。自分の本当の欲求にオープンになり、直感(最初に心の中に浮かんだこと)を、心の奥で感じてみることを大切にして下さい。

ご相談No.0142

「考える事」と「感じる事」の違いって、なんとなく分かる様で深く理解出来ていません。私は周りの人から「頭で考えすぎだ」とよく言われます。
「感じる事」が大切なのは分かるのですが、どうしてもそこに自分の考えを混ぜ込んでしまいます。「考える事」から「感じる事」に転換する為の、良いきっかけやコツはないものでしょうか?

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ご相談No.0141

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ご相談No.0141の答

紫式部の書いた『源氏物語』、美しい光源氏が道ならぬ恋に身を焦がした結果、晩年において彼は過去に自分が犯した罪の報いを受けることになり慄然とします。
自らまいた種を刈り取るような出来事が人生にどうして存在するのでしょうか?「原因と結果の法則」は、源氏の人生でいえば、愛する人を傷つけてしまった、その罪悪感でいっぱいになり自分を許せなくて、今度は自分が攻撃され傷つくことになったのです。

スピリチュアルな観点からみると、因果応報の報いとは自分自身を許すきっかけとして存在します。その出来事を機会に自分を許せるようになるためにあります。
源氏は自分の妻であった女三の宮とその不倫相手の柏木に激怒しますが、自分を裏切られた相手の気持ちを本当に理解し、相手を心から許すことが出来たならば、源氏も他人を傷つけた罪悪感を許せるようになるのです。
過去に同じように振る舞った自分を許すことが可能になるのです。

源氏は幼いころに母を亡くし、父には愛されましたが、母が居ない寂しさを抱えていたはずです。母の愛情に飢え、一生懸命に自分の境遇を耐えながら、心の奥では自分の両親から充分な愛を与えてもらえなかったために失望していたのかもしれません。
その失望と我慢し続けたことで、潜在的に無意識に両親を恨んでいたのかもしれません。もしそうならば、そのことを彼がちゃんと理解して両親に対して寂しさや恨みを持っていた自分を許すことが出来たときに許しは完ぺきなものとなるはずです。

心理学では悪循環が親から子に世代で引き継がれることが多いという調査結果があると聞いたことがあります。
そうした研究では例として父親の暴力に悩んでいた子供(娘)が、同じ素質を持つ男性に惹かれ伴侶に選んでしまうことが多いということも知られているようです。同じ原因→同じ結果を繰り返すのです。

一般的に自分の親を恨んでいるとはっきり口にする人はあまりいないですよね。
もし恨みがあっても自分が両親を恨んでいる、憎しみを持っているということに気づいていないこともけっこうあります。それは親を恨むなんて悪いこと恥ずかしいことだと教わってきたからでしょう。
よって親を恨んでいたとしても、自分の恨みを隠すように表面的には良い子のように振る舞うことがあるのです。

因果応報とは自らを許す必要があると信じている人に生じます。
その原因は過去に人に拒絶されたり、見捨てられたり、不当に扱われた経験など、つらい気持ちが原因となっています。そして人を恨んだり憎んでいる自分を責め続けると罪悪感がカルマになり世代を超えて、あるいは人生から次の人生へと影響が及びます。

自分を許さなくてはいけないという考えから自分を救う早道は、他人を非難すること、自分を非難することをやめることです。
この非難の声はマインドから来ているもので、英知、あなたの本質から来ているものではないということを覚えておく必要があります。
悪い結果がやってきてもそのことで他人や自分を非難して裁くのを辞め、そのかわりその出来事から自分は何を学んだのかを考え、そのときに味わった感情とともにいることが大切です。

私たちは本来、1つの経験をするときに、ただそれとともにいて、ただ知ることが出来るのです。自分がどんな感じを持ったのか冷静にみることが可能なのです。
たとえマインドが恨みや憎しみがあると必要性を訴えたとしても、それは自分のエゴだということに気づかなくてはいけません。
エゴは次々と私たちに要求を突き付け、1つのところに留まることを許しません。そして自分に対する許しの欠如を、自分をカモフラージュすることで穴埋めしようとしますあなたに良い人のように振る舞う努力を求めます。

「原因と結果の法則」がやってきたら、自分を許すことが最も大事だということをどうぞ忘れないでください。
それによってあなたとあなたに関係する人を救えるチャンスなんだということを覚えておいて下さい。

ご相談No.0141

因果応報という事について、どの様に考えればいいのでしょうか?
スピリチュアルな観点から教えて下さい。

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ご相談No.0140

テーマ:sodan


ご相談No.0140の答

私は比較的に感情を表に出すほうだと思います。笑い声が大きくて、以前会社の上司に叱られたことがあります(鬱)
質問者さんは自分の感情や考えを表に出さないタイプとのこと。これって精神衛生上に良くないのでは?とのご質問ですが、どちらもオッケーだと思いますよ。思いや感情を抑圧しすぎると問題が生じるかもしれませんけどね。

普段よく目にする問題事例「対処機構」を紹介しておきます。
人間は赤ちゃん(幼いころ)に、人生を生き抜くための対処機構というものを作り上げます。

例えば、赤ちゃんがお腹が空いた→生存欲求から泣く→すぐに世話をしてもらえない→空腹が満たされない→やっと誰かが来てミルクが貰える

泣いてもすぐにミルクが与えられない、我慢を強いられる、これが何度も繰り返されると、赤ちゃんは生きていくことへの不安、恐怖を感じます。
生への希望を失い、感情を表現することなく自分を無価値な存在と思うような子になります。対処機構とは「価値のない自分が生きのびるにはどうすればいいのか?」という赤ちゃんの考え、決断として働きます。

1つは「自己表現しても無駄だ」というあきらめからじっと耐えるという反応を強めていく子になるかもしれません。こういう子は相手が気づくまで徹底的に我慢し続けます。
もう1つは相手の欲求に従い、まず人を喜ばせることで自分の欲しいものをその人から得るという反応を取る子になる。

対処機構はこのように生存のために必要な能力を強化する反応、自己生存のための防衛といってもいいでしょう。誰でも時に応じて無意識に自分の対処機構を働かせて生きています。
でもこの対処機構があなたの能力や成長を妨げてしまうことがあるなら要注意です。創造性や自発性、自分の感情を感じる力が失われているような感覚、抑圧したようなエネルギーがあり、そのせいで慢性的に生きにくさを感じている。

こういう症状に思い当たるなら、対処機構を見直してみることで役に立つかもしれません。

ご相談No.0140

福永先生は、悩みや不安、不満や葛藤などがある時、または、その逆で嬉しい時や楽しい時、感謝の念を持った時、それを表現するほうですか?それとも表には出さないほうですか?私はどちらかというと後者です。
これって、精神衛生上あまり良くないものなんですかね?

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