『真珠のお話 その3 真珠と涙』
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『真珠のお話 その3 真珠と涙』
真珠は、日本人にとって冠婚葬祭にかかせないジュエリーです。この中でも「葬」は、数多く存在するジュエリーの中で、ほとんど真珠だけに許されたシーンです。奈良時代から江戸時代まで、ジュエリーの文化を持っていなかった日本では、「葬」の装いとしては、黒色の喪服のみで、ジュエリーは全く身に着けていなかったようです。
現在でも、この風習は、和服で葬儀に出席する場合に残されています。
ただ、例外として、結婚指輪の着用だけは認められているようですが。
では、ジュエリーの長い文化を持つ西洋では、どうなのでしょう。
洋装の場合、正式な場所では、ジュエリーは3点(イヤリング、ネックレス、リング)を身に着けることが礼儀のようです。お葬式は、もちろん正式な場所ですから、ジュエリーは必要不可欠です。しかし、華やかなジュエリーは葬儀に相応しくありませんので、昔から、喪服と同じ黒色のジュエリー(ブラックカルセドニー、黒サンゴ、ジェット等)や真珠のジュエリーを身に着けることで、礼節を守っていたようです。
黒色のジュエリーに混じって、何故、真珠だけが白色であるのにもかかわらず、使用されるようになったのでしょうか。
不思議だと思いませんか?
これには、諸説あるのですが、良く言われているのが、
「真珠は涙を意味する宝石なので」。
では、どうして「真珠」が「涙」を意味するのでしょうか。
というわけで、ここからは、私の私見です。
私たちは、真珠というとまん丸(真円)の形を思い浮かべますが、これは、20世紀の初頭にかの御木本幸吉さんが考案した、養殖真珠の技術が生み出した形です。真珠が最も輝く形は、真円です。
しかし、実際には、なかなか貝は真円の真珠を創ってはくれません。そこで、予め真円の「核」を貝の体内に挿入することで、真円に近い真珠が創られるようになったのです。
では、人間が外科的手術を施すことなく、真珠だけの力で創られた天然真珠は、一体どんな形だったのでしょう。
現在でも、天然真珠はもちろん存在します。
大変希少性が高いのと、「天然」と「養殖」の判別が難しいことから、あまり眼にする機会はありませんが、「アバロン」と呼ばれるアワビ貝による真珠やアメリカのミシシッピ川に生息する淡水産貝による真珠等が、いわゆる天然真珠です。
これらの真珠を見てみると、
やや平たく、三角形であったり、鳥の羽根のようであったり。
つまり流れ落ちる「涙」の形をしていることが多いのです。
残念ながら、私はこれらの天然真珠を持っておりませんので、画像をお見せすることはできませんが、ジュエリーショップ等で皆さんの眼でご確認してみてください。きっと私と同じように感じていただけるのではないかと思います。
真珠の養殖技術が確立されるまで、真珠の形は、涙の形が多く、
そこで、「真珠」=「涙」のイメージが生まれた。
と私は思うのですが・・・
養殖真珠の中にも、「ドロップ」と呼ばれる涙型のものがあります。
しかし、現在の日本では、一般的に、
お葬式の場には、ラウンド(ほぼ真円)の真珠が相応しいとされています。
こうなると、私の説は辻褄が合いませんよね。
また、ネックレスのあまり長いものや、2連・3連のものは、悪いことが長引いたり、続いたりすることを連想させるので、NGとされています。(これらの風習は、地域によっても異なりますのでご注意くださいね)。
ちなみに、西洋ではどちらも大丈夫なようです。
共に長い時間を過ごしてきたジュエリーと私たちの間には、いつの間にか習慣化されてしまったことが多くありますが、そのルーツを探ってみるのも、なかなか興味深いですね。